ゆるり民藝 ―東北に暮らして(32)

2016年8月16日(火) 河北新報 朝刊くらし面掲載

大土瓶
また一服 水出し煎茶

ろくろ引きの胴に、古格を思わせる角い耳。透ける海鼠釉も涼やか

ろくろ引きの胴に、古格を思わせる角い耳。透ける海鼠釉も涼やか

仙台七夕まつりの前からぐっと暑くなってきました。この時季は、大土瓶です。煎茶をたっぷり20cほど入れ、浄水ポットの水1gを注ぎ、3〜4時間置けば、色も香りもよい水出し煎茶の出来上がりです。氷で出す方法もありますが、できれば常温で、いつでもがぶがぶ飲みたいので、わが家では大土瓶を使っています。

ざぶざぶした入れ方を恐縮しつつ、壱弐参(いろは)横丁の「お茶と急須の丸松園」店主の弓桁松利さんに打ち明けると「それは上手な入れ方ですよ」とのこと。手ごろな煎茶ほど、渋み成分のカテキンが抽出されづらい水出しのほうがおいしくなるのだそうです。

土瓶でお茶といえば、夫の母には汽車土瓶の思い出があります。昭和20年代後半、北海道育ちの母が小学校低学年のころ函館本線の鈍行列車で、お弁当と一緒に買ってもらったのが土瓶に入ったお茶でした。

「ふたにお茶を注いで飲むんですよ。かわいいので持って帰って、おままごとに使ったりしてね」

明治22年から使われ始めたといわれる汽車土瓶は、母が楽しんだころから程なく昭和30年代にはプラスチック容器に代わり、土瓶そのものもほうろうやアルミのやかんに代わっていきました。作り手にとって、胴、注ぎ口、ふた、耳など、工程に手が掛かるのも影響したのでしょう。

それがここ数年、土瓶に手を伸ばす30〜40代の人が増えています。そういえば民藝の祖、柳宗悦が昭和7年に著した「土瓶考」に「土瓶を愛する事切なり」と記したのも43歳のとき。自分のことを振り返っても、大土瓶に目が向くようになったのは40代から。日本の道具を見直す世代といえるのかもしれません。わが家に、沖縄の按(あん)瓶、宮城の大土瓶と増えていきました。

夏、水出し煎茶用に使っているのは、宮城の大土瓶です。栗原市で焼かれた、丸い胴に海鼠釉(なまこゆう)が掛かったもの。東北をはじめとする古陶を範に、作り手自ら掘り起こした土を用い、まきを燃料に登り窯で焼かれています。

毎日使っていると、分かってくることがあります。火の回り方によって生まれた表と裏の景色の違い、ふた裏のろくろの指跡、気になっていた李朝の焼き物に通じる釉薬の調子など。ごくごくお茶を飲みながら「ああ、こんなところも」と、ふと気づく。言葉はなくても、語り合える友のようでもあるのです。







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