ゆるり民藝 ―東北に暮らして(41)

2017年5月16日(火) 河北新報 朝刊くらし面掲載

漆のスプーン
和洋選ばず普段使い

ポタージュにはたいてい、ほっと落ち着くこの「半塗りスプーン」

ポタージュにはたいてい、ほっと落ち着くこの「半塗りスプーン」

この春先、所用で静岡へ出かけた際に、中勘助文学記念館を訪ねました。流れるような文章でつづられた自伝的小説『銀の匙(さじ)』の題名の由来となった匙は、思いのほか小さく幼児の口に収まるほどのかわいらしさでした。

子どものころ島根の実家で使っていたスプーンは、ステンレス製でした。漆のスプーンが加わるようになったのは、東北に暮らし始めてからです。デザートにカレーにと、折々に求めて10本ほどに。真鍮(ちゅう)のスプーンもありますが、手に取ることが多いのは漆のスプーンです。

どのスプーンにしよう。そのときの料理や器との相性、体調によっても選ぶものが異なってきます。おもてなしなら、しっかり朱塗りされた流線型。スパイスのきいたカレーには、鬼ぐるみの木を削ったたくましい拭き漆のスプーン。ちょっと疲れているときは、穏やかな形の拭き漆のスプーンでポタージュやおかゆ、といったように。

愛用の一つに、八幡平市にある安比塗漆器工房で作られた「半塗りスプーン」があります。それは拭き漆の柄に、先が漆塗りされたもの。工房の代表であり塗師でもある工藤理沙さんは「口当たりが良いように手作業で磨いた後、はけで漆を塗り、布で拭き取って乾燥させます。5回繰り返した後、生漆を精製した素黒目(すぐろめ)漆を先の部分に2度塗りしています」。丁寧な説明からも仕事ぶりが伝わります。和に洋に合わせやすく、普段使いしやすい素直な形と手頃さは「漆の入門編」として作られるようになりました。

「この辺りではどこの家にも古い片口やお重などがあり、修理で持って来られる方もいて、東北には漆の文化があると思います」と話す工藤さんは奈良のご出身。2児の母でもあります。洗い物を受け持ってくれる夫からは「漆ってめっちゃラク。汚れがすぐ落ちて水切れがいい」と言われたと笑顔を見せます。

わが家の半塗りスプーンも使って7年目。素黒目漆越しに木目が浮かび上がってきました。使うことで健やかに育ち、傷んだら塗り直す。道具の命を全うできるのが漆塗りの本領です。

ヨーロッパでは子どもの幸せを願って銀のスプーンを贈るといいますが、今年も友人の出産祝いには、小さな漆のお椀(わん)に、拭き漆のスプーンを添えました。天然の漆が歯固めにも安心と考えて。







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