ゆるり民藝 ―東北に暮らして(55)

2018年7月23日(月) 河北新報 朝刊くらし面掲載

卵殻貼り
根気の底にある情景

竹治さんの卵殻貼りの箱。良い模様には、自然の理法が生かされているといいます

竹治さんの卵殻貼りの箱。良い模様には、自然の理法が生かされているといいます

漆器作りは手間がかかります。中でも、卵の殻を細かく砕いて、ひとかけら、ひとかけら、丹念に貼り付けていく卵殻技法は気の遠くなるような仕事です。

盛岡市にある工芸店、光原社の漆工房に16歳で入り、塗師として工房を背負ってきた佐藤竹治さん(80)は卵殻貼りを手掛け、定年後も漆器顧問として作り続けています。

「漆は白くできないのよ。白色を出せる、卵殻を全面に貼ったのはあまり見たことがないな」

平安時代から伝わる蒔絵(まきえ)の技法の一つである卵殻は、現代では美術工芸の絵画的な表現や、漆器の一部分にあしらわれるのが一般的です。漆の樹液そのものに色があるため、卵殻が白色として使用されてきました。

「卵殻も螺鈿(らでん)も昔からあったの。ところが手数がかかって採算が合わない。店の職人だからできる仕事」と竹治さんは言います。

古い作品を見て試行錯誤を重ね、道具を作り、竹治さんなりの技法を生み出してきました。お重や茶入れ、皿などの全面に殻を貼るため、小さなうずらではなく鶏卵の殻を使います。はんこ状の木の道具で殻を割ったり、殻の裏に細工をして切ったり。さまざまな形の殻を寄せて集めて敷き詰めていきます。

「割れたなりに手を加えていくと、一つのものができてくるんですよ。できあがれば、自分もうれしい」

卵殻を敷き詰めた後、隙間を埋める漆を塗っていきます。漆は化学反応で表面だけが固まる性質のため、殻の厚みと隙間の漆が均一になるまで、薄い膜を重ねるように漆の塗りと研ぎを5回ほど繰り返します。

「これは上手、下手じゃないの。ただただ根気」

東北の人に通じる気質だと漠然と思っていました。「作るとき何が思い浮かぶと思いますか」と問われるまでは。竹治さんの心に浮かぶのは、生まれ育ったにかほ市象潟の光景です。

「秋田の田植えを思い出すの、手植えを。朝、田んぼに行って子ども心に思うわけ。1町歩(約1ヘクタール)ほどの広さを前に、どうするのこれと。だけど夕方になると、ちゃんと終わるわけ。仕事をするとき、そのことをいつも思ったのよ。それが力になりました」

粘り強いといわれる東北の人の心根に触れた思いでした。根気強く仕上げられた卵殻細工は、すべすべとした触り心地で静かなつやがあり、凛(りん)とした存在へと昇華されています。







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