おいしいものを口にしたとき思わず言葉をなくすように、用いた物の美を味わうときも、言葉なく見入ってしまいます。
昨年の夏、仙台市中心部にある良覚院丁公園の茶室「緑水庵」で、民藝に関わる小さな集まりを開いたときのこと。管理されている方から、蚊取り線香をと勧められていたこともあり、わが家で使っている蚊やりを持参しました。
明治32年に建てられた和風建築に、蚊やりが合うのではと思ったからです。茶室に着いて、蚊やりの線香に火をつけると一筋の煙が上り、こけむした庭を背景に、ことのほか趣のある様子になりました。管理されている女性の方も目に留め、「まぁ」と一言発したきり、2人でしばらく見入ってしまいました。
「用いる時ほど、生活で美を味わう場合はなく」という、民藝の祖である柳宗悦の言葉が浮かびました。簡素で安定感のある白磁の蚊やりは、何のてらいもない鉢形です。
民藝は、日本の手仕事に限られているわけでも、一つの形式化したものがあるわけでもありません。使いよく、自然で、簡素で、丈夫なものという特色を備え、共に暮らして安らぎを感じられること。そこに喜びがあります。
昔ながらの蚊やりで思い浮かぶのは、豚の形です。東京の浅草に近い今戸焼で作られ始めたとも伝えられる土物の豚の蚊やりは、三重県の万古焼や愛知県の常滑焼で数多く作られ、大正から昭和にかけて全国に広まったと言われています。ここ数年は、節電やデング熱の影響もあり、蚊やりの種類も土物、鉄の鋳物、磁器、ガラスなど増えてきました。
わが家で蚊やりを使い始めたのは5年ほど前。築50年の木造家屋に暮らし始めてからです。エアコンを使わず自然の風で暑さをしのいでいると、網戸はあっても蚊がどこからともなく入ってきます。必要にかられて求めたのが、会津で作られた白磁の蚊やりです。この時季は、仕事部屋へ、台所へと家の中を移動するたびに持ち歩く、欠かせない生活道具です。
休日は夕暮れになると庭に面した部屋で、ひぐらしの声を聞きながら枝豆をつまみ、ビールで喉を潤します。傍らには、煙がくゆる蚊やり。線香の緑が涼やかに映る白磁の蚊やりが、わが家の暑気払いの一つです。