ゆるり民藝 ―東北に暮らして(21)

2015年9月15日(火) 河北新報 朝刊くらし面掲載

横手のあけび籠
名人の技 支える家族

良いつるを選び、つると相談して出来上がった籠。心をこめて使いたくなる

良いつるを選び、つると相談して出来上がった籠。心をこめて使いたくなる

籠(かご)の良しあしは、縁に表れます。空気をはらんだような安定感のある胴と、きっちり端正な縁であれば、秋田県横手市の中川原信一さんのあけび籠です。父の代から名人として知られる方。伝統の掛け唄の名手でもあり、ことしの8月にも「全県かけ唄大会」で仙北荷方節の節回しに即興の歌詞を乗せてうたい合い、優勝旗を手にしました。

大会を終え、9月から雪が降り始める11月までがつるの採取時季です。地上をはう三つ葉あけびのつるに傷がつかないように採り、葉や節、根を取り除き、屋根に1週間ほど干した後、つり下げて乾かします。

編む前につるを水で戻し、3_くらいの太いつるなら大きな籠に。素直に育った身のしっかり詰まった丈夫なつるは、手提げの取っ手の芯に使います。

「材料と相談しながら、昔からの作り方で無駄のないように」とつるの性質に合わせた形や大きさに編み、短い切れ端も縁の詰め物にしています。

父の跡を継いだ中川原さんは中学を卒業後15年以上、11月から4月まで年の半分を出稼ぎに行く生活を続けました。千葉県房総半島の仕事先の近所に住んでいたのが、惠美子さん。奥さまです。あけびつるはもちろん農業とも無縁の家庭で育ち、家族が案じる中「気持ちの大きい人だ」と中川原さんに付いて21歳のとき横手に来ました。

おおらかに笑い「底抜けに明るい」と言われる惠美子さんは、聞き覚えた横手弁で地域の輪に入り、春には山菜を塩漬けに、秋にはつるを採りに山に入り、冬になれば貝焼き(かやき)と呼ばれる鍋料理を作って義父母と一つ屋根の下で過ごし、みとってきました。

中川原さんが出稼ぎに行っていたころ、子どもが寝た後は部屋で1人、義母を見て覚えた縁作りの練習に打ち込み、編めるようになりました。つるを編むには力も必要で、義父の指に巻かれていた布ばんそうこうには冬場、血がにじんでいたこともあります。

「じっちゃんは我慢強くて、痛いなんて言わない人。信念があって、義理堅くて。そういうところお父さんも似てる」と言うご自身も「指が痛い時があったけど、ポコッと軟骨が出てきたら痛くなくなっちゃった」と笑い飛ばします。

降り積もる雪を見て「砂糖っこみたいだ」と喜んでいたころから約40年。左手の親指にできた軟骨と右手のタコが、名人を支えている証しです。







TopBlogMailLinkFacebook
Copyright (C) 2008 Miki Otani. All Rights Reserved.