文章をなりわいとするライターには、書くのが好きな人と、取材が好きな人がいます。自分の場合は、後者です。話していただきやすいように、事前にできる限り資料に目を通します。ぎりぎりまで読み込むことも多く、取材の前夜は楽しみと緊張感が入り交じっています。
カメラマンさんやディレクターさんが一緒の出張なら土地のもので軽く一献となりますが、たまに一人で出張となると過ごし方が異なります。
デパートの地下やスーパーのお総菜コーナーで、その土地らしい総菜を求め、ビジネスホテルで明日の資料に目を通そうという気になります。知らないお店で手持ち無沙汰な一人ご飯より、好みのお総菜パックを割り箸でつつく方が落ち着くのです。ですが、2泊も続くと、仕事の延長線上の食事という気がして、どうにもくつろげないのです。
たまたま取材先の窯元で、豆皿と小ぶりな湯飲みを求めました。お総菜パックから皿に移し、ホテルの粉茶を湯飲みに入れただけで、ちょっとしたお店に出掛けた気分になれたのです。
作家の宮尾登美子さんがホテルに缶詰めになるとき、倉敷ガラスのワイングラスを持って行き、部屋の定位置に置いて、夜になるとそれで寝酒をするとエッセーに書かれていたのは、こんな心地だったのかもしれません。
出張に、土物の豆皿と湯飲みを持参するようになりました。取材資料、着替え、場合によってはノートパソコンも加わると、かなりの重さです。軽くしたいと思ったとき、浮かんだのが漆器です。
程よい大きさや形に出合えるまで気長に探そうと思っていたところ、見つけました。大崎市鳴子温泉の塗師、小野寺公夫さんが手掛けられた漆の豆皿です。直径12aほどのちょうどよい大きさと、確かな塗り。背伸びすれば買える値段でした。漆の豆皿2枚、土物の湯飲み、拭き漆の箸が出張の友になりました。
考えてみれば、入会して10年ほどになる宮城県民芸協会の集まりで、紙皿や紙コップが並んだことは、まずありません。全国の会員の集まりでは、ジャケットの内ポケットからマイちょこを取り出される姿を見掛けたこともあります。
一つの器が、その場に生むくつろぎ。空腹を満たすだけでなく、目に安らぎを、てのひらにほっとする安心感をもたらす心地よさを、出張の度に実感しています。