夜遅くお風呂に漬かっていると、虫の音が日ごとに大きくなっているのに気が付きます。残暑も落ち着き、そろそろ冷え対策が必要になる時季です。
眠りの浅い実家の両親に教わって始めたのが、湯上がりのしょうが湯です。しょうがの皮をこそぎ、すりおろし、カップにそのまま入れて、熱いお湯を注ぎます。すっきり飲みたいときは、しょうが白湯(さゆ)に。ちょっと甘味が欲しいときは、蜂蜜を少々。時には、しょうが豆乳、しょうがミルクにすることもあります。ふうふうと飲み終えると、ことんと眠りに落ち、ぐっすり眠れるのです。
しょうがドリンクに欠かせないのが、おろし器です。わが家のしょうがおろし器は、プラスチック、アルミ、そして白磁へと変わってきました。日本のおろし器の変遷を見れば、鎌倉・室町時代にはヘラで格子状に引っかいたような古瀬戸のおろし皿。江戸時代には銅製や竹製、さめ皮。いまではアルミ、プラスチック、セラミック、ステンレスなど、素材もさまざまあります。
数ある中から、この白磁のおろし器に手が伸びたのは、第一に形です。縦14a横12aの程よい大きさ、無駄のない意匠。目が鋭すぎず、手を傷つける心配のないおろし器を台所に置きたくなりました。
原始的に見えた目の作りは、意外なほどおろしやすく予想以上でした。さんまの塩焼きにひとさじ添える大根おろしも、しょうがも、あまり力をかけずにおろせたのです。溝に残ったしょうがは箸の先でなぞれば無駄なく使え、さっと水を流せば洗い落とせる心安さ。計算し尽くされた性能とは異なる、使い心地のよさがありました。
使い始めて4、5年たったころ、東京にある日本民藝館の所蔵品に、よく似たおろし器を見つけました。150年ほど前の朝鮮陶磁です。思想家の柳宗悦が民藝という価値を見いだすきっかけになった朝鮮陶磁。その知恵と技を現代に生かしたのが、会津の五十嵐元次さんです。
「線を引いたり、彫刻刀で彫ったり、しばらく試作しましたよ」
形や性能をもっとよくと、いまも探求は続いています。
性能のよいおろし器は、他にもあります。ですが、足りないのです、味わいが。暮らしに、親しみの持てる味わいです。「親しさ」が美の本質だと思うと記した柳の感覚に心の内でうなずきながら、秋の夜にしょうがをおろしています。