春になれば
氷(しが)こも解けて
どじょっこだの
ふなっこだの
夜が明けたと思うべな
すっかり忘れていた東北のわらべ歌を思い出したのは、秋田県大仙市生まれの方から昭和20年代の子どものころの思い出を聞いたからです。
「角巻きの赤いケットを3段くらいの踏み台に敷いて、土人形を並べたんだよね。色がはがれた人形だったけどわくわくして」
お母さんと新粉をこねて笹っぱ餅を作ったこと。近所の女の子と連れ立って「おひなさん見せたんせ」と家々を回って駄菓子をもらったこと。なぜか、おひなさまの前には生き魚のどじょうを瓶に入れて飾ったといいます。どじょうが春のごちそうだったと話すのは、秋田県民藝協会の三浦正宏さん。
「雪解けのころ、泥がシャーベット状になったところを捕ってね。竿(さお)煮のように一本一本煮るんだよね」
山形の庄内地方に伝わる享保びなやひな菓子は知られていますが、秋田の家々にもひな飾りがありました。角館樺細工伝承館の前館長、中田達男さんによれば「角館にも享保びなはありますが、それは武家のもの。庶民の間では土人形や押し絵が盛んに作られたんです」。秋田蘭画や円山四条派の絵師がいた土地柄もあるのでしょう。押し絵にも絵師が関わっていました。
ひな料理には、春を告げるひろっこ(あさつきの若芽)やにしん、郷土菓子の豆腐カステラなどが並ぶ家もあったようです。いろいろな思い出を聞くうちに欲しくなった仙台に暮らす 40代のお母さんもいます。
「長女には土人形の、次女には三春張子(はりこ)のおひなさま。娘にと言いつつ自分のためなんですけどね」
京人形のような美人さんではない郷土びな。丸顔や卵顔、下膨れの顔もあります。細い目、ぱっちり目、ほろ酔いのように紅が差されたにっこり目もあって、なんとも言えない愛嬌(あいきょう)があります。この良さは大人になるまで分からないかなと思いましたが、そうでもなさそうです。
「気付くと五人ばやしの順番が変わっていて」
たぶん、入れ替えているのは本来の持ち主である小学2年の女の子。この子が大人になったころ、語るのかもしれません。「赤い布を敷いて、張り子のおひなさまを並べたんだよ」と。