真夏日が続いた数年前の盛夏。涼やかな甘味をと、和菓子店に入ったときのことです。築50年のエアコンのない家に住んでいると話した声が、奥で働くご主人の耳に届いたのでしょう。枝付きのほおずきを笑顔で渡してくださいました。家の壁に飾ると、こんなに気分が変わるのかと思うほど、そこには涼がありました。
わが家の暑さ対策といえば、よしずと扇風機一つと竹うちわです。あちらの部屋、こちらの部屋に、うちわが合わせて6本。家の中で使うのは、少し大きめの型染めうちわです。持ち運びやすい小ぶりな小判形の渋うちわは、毎年、仙台七夕花火祭に持って出かけます。広瀬川のほとりに腰を下ろし、川風に涼みつつゆっくりうちわであおぎ、ビールを飲みながら花火を見上げれば、それだけで気分が違ってきます。
祭りの日、街を歩けばプラスチック製のうちわが配られています。その場で涼めて重宝すると分かっていても、手を伸ばさないのは使い捨てすることに気が引けるからです。
できれば大事に長く使いたい。身近に置くものは、目にしたとき触れたとき、心地よいものであってほしい。その思いがあるせいか、身の回りには竹やつるなど自然の素材を生かしたものが多くなってきました。
この志向は、少数派かもしれません。日本三大うちわには、京都の「京うちわ」、香川県丸亀市の「丸亀うちわ」、千葉県の「房州うちわ」があります。国内生産の約9割を担う丸亀市において、竹うちわが占めるのは約1割にとどまっています。確かに数は少ないのです。ですが、使いたい、贈りたいという竹うちわに寄せる気持ちは、はるかに大きいのではと思います。
今、手にしているうちわが、どの産地の竹骨か、どこの和紙か、はっきりとは知らなくても、使っていると感じるのです。竹細工の格子のように見える骨の姿の、なんと美しいことか。うちわ用のけば立ちを抑えた和紙が、こんなに柔らかい風を送ってくれるのか。本来はしちりんやかまどの火おこしに使われていた、柿渋を塗った渋うちわの風は、これほど真っすぐに届くのかと。
何げないうちわの形や素材に、長年の知恵が蓄積しています。涼風はもとより、爽やかな竹や和紙の美しさが呼ぶ涼も、暑い盛りにひと息つかせてくれます。