元日の朝。お重を抱え、夫の実家に向かいます。お重には、深夜ラジオを聞きながら仕上げた煮物とだて巻きが入っています。実家では、仕事を持つ70代の母が手作りした数の子とひたし豆を合わせた数の子豆、黒豆、氷頭なますなどが待ち、家族で協力して迎える新年です。
テーブルの中央には朱塗りや黒漆のお重が並び、めいめいの席には半月盆、平皿、椿皿、塗り箸など。きらびやかな蒔絵はありませんが、新年をことほぐ正月膳です。
「このお盆は、鳴子の小野寺公夫さん、この平皿は佐藤阡朗さん…」
問わず語りのように、手に入れた当時を母が振り返ります。父が「そうだったねえ」と返すのも毎年のことです。
まだ夫と結婚する前、母とは店の主と客という間柄だったころ、民藝にあまり縁のなかった私に教えてくれたことがありました。「一つひとつそろえていけばいいんですよ」と。母もそうして今の正月膳が出来上がってきたのでしょう。
ほうろくで角餅を焼く母の隣に立ち、雑煮椀を手に待ち受けます。
「このお椀は結婚した後に、盛岡から渡されたもの。もう40年以上ね」
父の盛岡の実家から贈られた椀は歳月を経てなお、つやと生気をたたえています。
黒い漆塗りに、内側は弁柄色。縁が丸い玉縁は堂々として、高台がやや高めです。朱塗りの色合いは作り手によって異なりますが、漆工房のある父の実家では朱塗りといえば渋い弁柄色でした。
朱が立ち過ぎずおいしく見える椀に入れるのは、こんがり焼いた角餅に、大根とにんじんを湯通ししたひき菜、かまぼこ、せり、いくら。ハゼのだしではありませんが、仙台に暮らすうちに母方の鶏のすまし仕立てに、せりやいくらが添えられるようになりました。
気を抜けないのが、仕上げです。穏やかな父が、ただ一つ譲れないのがつゆ。熱々でなければ、空気が止まります。
「うん! おいしい」
その一言で、ことしもよい年になりそうです。朝と夜に雑煮をいただけば、わが家のお正月はおしまい。工芸品店を営む家族は、翌2日から初売り。嫁も印半纏(しるしばんてん)をまとい手伝います。
使い終えた雑煮椀を洗い、きゅきゅっと曇りなく拭き上げ、薄紙に包み、箱に戻せば、次に会うのは1年後。わずか1日ですが、きちんとお正月を感じさせてくれる、わが家の吉例顔見せです。